東京高等裁判所 昭和48年(ネ)2821号 判決 1975年3月27日
控訴人 国 ほか一名
訴訟代理人 山田巌 大池忠夫 寺内信雄 ほか三名
被控訴人 新井徳三
主文
一、原判決を次のとおり変更する。
1、控訴人らは、被控訴人に対し、各自金参百六拾参円及びこれに対する昭和四拾五年八月拾六日から完済に至る迄の年五分の割合による金員を支払え。
2、被控訴人のその余の請求を棄却する。
二、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事 実 <省略>
理由
当裁判所は、当審における証拠調の結果を斟酌するも、被控訴人が原判決添付物件目録一の土地(本件土地)の所有権を喪失せしめられたことにつき、控訴人等の被控訴人に対する国家賠償法の規定による損害賠償の責任を肯定すべきものと判断するが、その理由は、原判決の理由説明のうち損害額及び過失相殺に関する判断部分を除いた第一項乃至第四項、第六項及び第七項と同一であるから、これを引用する。<証拠省略>も、右認定、判断を覆すことはできない。
そこで、控訴人等が被控訴人に対し賠償すべき損害額及び控訴人等の過失相殺の主張について検討する。
本件は、控訴人国の機関としての埼玉県知事が、昭和二五年八月一日、被控訴人の所有であつた本件土地を、自作農創設特別措置法第三〇条の規定による買収処分をしていないのに、右規定による買収済の土地と誤認して訴外新井角之助及び同関根実に売却し、引渡したため、右訴外人等をして時効により本件土地の所有権を取得せしめ、被控訴人をして右土地の所有権を喪失せしめたものであつて、不法行為時が昭和二五年八月一日であるのみならず、被控訴人の所有権喪失の効果も、民法第一四四条の規定により時効の起算日である右日時に遡つて生じることなる結果、埼玉県知事がなした本件土地の売却処分が始めから有効になされたのと同一の効果を生ずるものであることに鑑みれば、控訴人等が被控訴人に対してなすべき損害賠償の額は、昭和二五年八月一日当時における本件土地の価格によるべきものと解するのが相当である。
尤も、埼玉県知事が本件土地の売却、引渡をした当時において、右売却、引渡処分により被控訴人に対しその当時の本件土地の価格以上の損害を生ぜしめるべき特段の事情があることを同知事において予見し、又は予見し得べき事情にあつたとすれば、控訴人等は右損害についても被控訴人にこれが賠償をなすべきものであるが、本件土地のごとく首都圏に接続する地域の山林、農地が経済の高度成長に伴い急速に宅地化し、都市化した結果、その地価が通常予見し得る程度を遙かに超える異常な高騰をきたしたことは、公知の事実であるところ、本件の全証拠を検討するも、埼玉県知事が昭和二五年八月一日当時において右のごとき異常な地価の高騰を予見し得べきであつたと認めるに足りる証拠はなんら存在しない。
而して、<証拠省略>によれば、埼玉県知事は、昭和二五年八月一日本件土地を含む原判決添付物件目録二及び三の土地を前記訴外人等に反当り金二四九円で売却したことが認められるので、その当時の本件土地(一四四四平方メートル、一反四畝一七歩)の価格は金三六三円(249円×1,456)であつたというべく、他に当時の本件土地の価格が右金額を超えていたものと認めるに足りる証拠は存在しない。
右に述べたとおり、控訴人等が被控訴人に対し賠償すべき損害の額は昭和二五年八月一日当時における本件土地の価格によるべきところ、被控訴人がその後において本件土地の所有権を確保するため時効中断の方法をとらなかつたことをもつて直ちにこれを被控訴人の過失となし難いことはもとより、右時効中断の措置をとらなかつたことについて、被控訴人になにらかの過失があつたとの事実は、本件に顕われたすべての証拠によつても、これを認めることができない。よつて控訴人等の過失相殺の主張はこれを採用することができない。
以上の次第で、被控訴人の控訴人等に対する請求は、金三六三円及び右金員に対する本件訴状が控訴人等に送達された日の翌日である昭和四五年八月一六日以降完済に至る迄の民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の限度においてこれを認容し、その余は失当として棄却すべきものである。よつて、右と結論を異にする原判決は、一部不当であるから、民事訴訟法第三八六条及び第三八四条第一項の規定によりこれを変更することとし、訴訟費用の負担につき同法第九六条、第八九条及び第九二条但書の規定を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 平賀健太 安達昌彦 後藤文彦)